弐蜂

Shogo - Newspaper from Japan -

Published in Japan - Social interactions and entertainment - 16 Feb 2019 03:39 - 0

かつて あらゆるそしきやなかまが 
じこべんごと いいわけの かたまりだった
ひとつひとつが じこせいとうかの
けんじよくで うごかしていた
ひとのわにたりない ゆうきとあいは
こじんのむりょくな さくひんだった

ウェブという ひとつのいし ひとつのわが
ここに できあがるまでは ひとと ひとが
てをとって たがいにじぶんだけをまもった
しょうりだけがゆうきとあいのあかしだった
まけなど みとめることができない
どこにも じぶんをすてるばしょなどない
こどくには つみとうそがつきまとう
こどくをかってくれるかいぬしがいて
だれでも なかまをよういしてくれる
このウェブが できるまでは
いのちのねだんは くいものがきめた

ひとのかんがえより だれのせいかいより
このウェブは せんてをうって
あしたを けいさんする 
きのうを しゅうけいする
わとなる つながりが すでに そこに
すべてのぜんていとして そんざいする
これができては これをひていするりゆうは
てんにささげて ひとがほしをたびだつまで
あらたな うんめいに あしたを
ささげるまで ひとのわにぜつぼうするまで
ひとのさだめに ウェブをほしとおもうだけ
あらたなふるさとを てにしたつぎに
あいとゆうきが ウェブにふきわたるかぜ
このひかりこそ なかまのいのち
こえにきく あしでふみしめる
くすぐったいほどの しあわせだから

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