弐蜂

Shogo - Newspaper from Japan -

Published in Japan - Social interactions and entertainment - 08 Feb 2019 04:00 - 0

だがしかし、よくのまよいは、かくゆうごうの、えいきゅう
はんのうろのごとし。
しかして、じつにげんしろのゆぶねに、つかるようなものだ。
ぜんあくのかべは、とけさり、くとらくのへだてもくずれ、
これから、のがれるきもちも、なまけくさる。
ただ、じこをすてさりて、そんざいのいみするところをみよ。
いのちは、ひとのすがたを、じぶんにみいだして、たにんの
こころに、じぶんのねがいをしるだろう。
じぶんのこどくをしりて、ふじゆうなわがみを、こだわりの
こどくにすてるだけ。
ものごとは、かならず、じぶんのかかわりのなかにあって、
ぜったいてきなじゆうは、そのじゆうをはっきできない。
ぜったいてきなこどくとして、のこり、すべてをてにいれた
きもちで、これからすべてをてにいれるために、どうしよう
もないげんじつと、ぶつりくうかんと、じかんのながれが、
めのまえにまちうける。
しょせん、じぶんひとりのえいきゅうはんのう。
すべて、じぶんのかってだというまよいだけ。これこそが、
じぶんだけのしんじつ。

さだめのまよいを、うらむべし。
いのちのおろかさに、すくわれよ。

Support

Comments (0)